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SONHOUSE
VO.
kiku
スペシャルインタビュー
70年代、福岡博多。
ブルースとグラムロックを独自の解釈で
演奏した最高のロックバンドがいた。
その名はサンハウス
「レモンティー」「キングスネークブルース」
といったロッククラッシックを数多く生み
出した彼等が98年再結成今も現役を
走り続けるボーカルの菊にインタビューを
敢行。聖なる邪淫の声を聞け
PHOTO●加藤仁史
TEXT●吉留大貴

サンハウスは日本のロック界で珍しい進化をしていった突然変異だ

 その男は伝説のみに生きてはいない。
 柴山俊之、又の名を菊。51歳のロックポーカリスト。福岡博多で結成され70年代の日本のロック史に名を残し後年に多大な影響を与えたサンハウスの中心メンバー。だが現実の彼は、アナーキーの藤沼伸一等を率いるRubyの9月26日のライブ中に右足の靱帯を切断している。多くを語らなくともその名誉の負傷こそが、何よりも現役のロッカーである証明であった。
 だからこそあえて言う。
 サンハウスの再結成だから価値があるわけではない。今も現役のロックポーカリストである菊がフロントに立つからこそ、この再結成は価値があるのだ。
菊 元々今回の再結成は、九州朝日放送に岸川均さんという昔から御世話になったディレクターがいて、その人の定年を記念したイベントにサンハウスで出演してくれないかという事から始まったわけ。80年代にも二度再結成したけど、今回はレコードデビューした時のメンバーでやる事になった。その時のライヴが良かったんでBOXセットの話が出て、今回の東京と博多(12月27日博多クロッシングホール)での発売記念のライヴが決まったわけ。
 それで来年から一年に一度は福岡だけでライヴをやろうと思ってる。 これは最初サンハウスは福岡を根拠としたライヴバンドで、レコードデビューしてもずっと福岡に住み続けたわけだからその原点を今やってみようという事なんですよ。一年365日あるわけだから、その内一週間ぐらいサンハウスに費やしてももったいなくはないしね。あくまでも俺達の楽しみとして続けられるまで続けて行こうというだけやけどね。
 だけど俺にしてみれば、今RubyやBLUES LION(元ルースターズの下山淳等が在籍)をやっているから、サンハウスを出来るというのはあるよね。何もやってなかったら絶対に出来ないし、BOXセットどころか、サンハウスのアルバム自体誰も聴き続けてなんてくれなかっただろうね。
 だってサンハウスって、福岡では人気はあったけど、今リキッドルームをソールドアウトに出来るまでのバンドじゃなかったしね。新宿ロフトでせいぜい半分ぐらい客が来てくれれば良かったし。だから自分でもサンハウスの歌とかは好きだし自信もあるけど、サンハウスが凄かったんだぞというのはないんだよね。
 ただその頃日比谷の野音とかで幾つかバンドが集まってイベントをやってて、サンハウスも飛び入りで出演出来るようになってたの。こちらは福岡の田舎者だから情報もないわけじゃない。東京のバンドは凄いんだろうなと思ってたら、ほとんどイモぱっかりだった(笑)。テクニックとかじやなくて意識のレベルで、何でこいつら低いんだろうと感じたんだよね。俺達が九州の米軍キャンプでブルースのカバーやってたような事を延々と繰り返しているみたいでつまらんかった。そこで負けたと思った事は正直言えば一度もなかった。どのバンドを見ても。

博多の街で俺が歩くと女の子が金魚のフンみたいについてきたよね

一週間に10人が俺の記録か

 サンハウスは萄と後にシーナ&ロケッツを結成する鮎川誠等によって結成。ブルースのカバーからオリジナルヘ移行。毎週月曜から金曜まで最底3時間は練習し、気になる輸入盤があればメイルオーダーで注文し自らの血肉とする彼等の音楽に対する熱意は確実に作品に反映した。の巧みなセクシャルなダブルミーニング、タイトなグルーブを常に感じさせる演奏力、その多くの魅力が彼等を十代の時に見ていたARB、ルースターズのメンバー達に受け継がれ後の日本のロックを大きく動かしてゆく。
 ただしフォロワー建がどうしても受け継がなかった事が一つだけあった。それこそ菊が体中から発散していた妖気のようなフェロモンの魅力。毒々しく甘美な魅力に引き込まれた者は二度と逃れる事が出来ない。そのフェロモンは70年代の博多の街にサリンのように巻き散られていた。 菊 俺が女の人にモテてたかって?そうやねぇ、確かに小学校の項からモテてたけどね(笑)。俺に姉と妹がいて一年中女の子が遊びに来るわけ。だから女の子に対して必要以上に意識せずに話せるというのはあるけどね。
 博多時代の俺の女関係やら、まあそら目茶苦茶遊んでたと思う。でもサンハウス時代はそんなでもないんじやないかな。やっぱりあの項は一番大事なのは音楽やったし。その自由な時間にナンバとかはしてたけど。それでもそんなにファンとかとはやっとらんからね。
 多分一番遊んどったんは、サンハウスの前のバンドでダンスホールでライブをやってる項やと思う。あんまり男が女の数を言うのは好きやないんやけどね。そうやねえ、一週間に10人ぐらいSEXした事もある。 一日に3人とかのペースでね。バンドの休み時間に気に入った女の子と一緒にホテルに行って帰ってきて、また別の子と同じようにホテルに行く。要するに友達とどちらが一定期間に女とヤルかと競ってたわけ。ゲームみたいなもんですよ。今考えると凄く幼稚やったんやろうね。  でもその勝負は勝ちおったもん。絶対に負けた事はなかった(笑)。
 それとサンハウスって実は福岡のハイソサエティなお嬢様女子高生にどういうわけか人気があったの。そうなるとそういった先輩に憧れる中学生みたいな子も来るようになるじやない。ブルースからオリジナルをやるようになって男の客が減ったわけ、それが一年ぐらいやってきたら客がそういった女の子ばっかりになった(笑)。それで綺麗な子が多かったから俺たちのライヴってレベルの低い学枚のプスがなかなか来れなくなってしまった(笑)。
 だからって言ってファンに手とか出してないけどね。だって面倒臭そうやろ(笑)そりやたまには生理現象としてやらなかったとは言わないけどさ。
 でもね、俺は音楽には真面目だったと思う。だから外の事は結局はどうでも良かったんやろうしね。正直言って趣味って言っても、あの項も今も女ぐらいしかなかったって言う事やろう(笑)。

ルーズソックスの女もいいよね、淫行になってもやる時はやるやろ

柴山と菊との共演は続く

 11月2日、新宿リキッドルーム。 「うるさい!」 「好き? だったらやらせてよ(笑)」 「熱いからもう帰ってくれ!」
 サンハウスの最高の演奏の途中で、菊は言いたい放題のMCを連発する。だがその菊は必ずしも柴山とイコールではない。70年代デビット・ボウイがシアトリカルなステージを構成する為に、ジキー・スターダストというキャラクターとしてパフォーマンスをした。柴山もその影響を素直に認めている点から、同様の構造と見てもいいだろう。だがボウイはジキーを封印したが、柴山は菊と共棲し続けている。現役のロッカーであり続ける為には、この両者は離れるわけにはいかない。そして今日も何処かのステージに上がり続けてゆく。 菊 俺にとって菊というのは自分のセクシヤルなダブルミーニングとかを照れずに歌う為にどうすればいいかと考えて生み出したキャラクターだからさ。今となっては冷静には見えないけどね。ただ俺にとって萄というキャラクターを作り出した事が、最大のヒットだったのかもしれんね。だからこそ今だに歌えてるところもあると思うしね。
 これからも今やってる事が一番やりたい事だと思ってます。それでビジュアル系の人と一緒でも現役で活動する以上は負けんというエネルギーはないとね。
 だけど、若い子ってSEX弱そうやもんね(笑)。俺やったら今でも一日5回は出来るよ(笑)。例えば女の子5人ぐらい寝かして並べるとするじゃない。もし全員2時間以上にやれって言ったら、俺出来るけどね(笑)。 それだったら多分若いミュージシャンと競っても絶対勝てるよ(笑)。 

update 2000/09/24